東京高等裁判所 平成7年(ネ)5514号 判決 1997年9月30日
控訴人
新技術事業団訴訟承継人
科学技術振興事業団
右代表者理事長
中村守孝
右訴訟代理人弁護士
内藤貞夫
被控訴人
アサノ総業株式会社
右代表者代表取締役
寺井國男
右訴訟代理人弁護士
柴山譽之
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人は、控訴人に対し、一億二〇〇〇万円及びこれに対する平成五年一一月七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
四 この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨の判決及び仮執行宣言
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 事案の概要
本件は、新技術事業団が、被控訴人と締結した新技術開発委託契約に基づき、被控訴人に貸し付けた一億二〇〇〇万円及びこれに対する右契約解除の翌日である平成五年一一月七日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めたところ、原判決が同事業団の請求を棄却したため、同事業団が控訴に及んだが、その後、同事業団は控訴人に統合され、控訴人がその権利義務を承継したことにより、控訴人が同事業団の訴訟承継人となった事案である。
一 争いのない事実等
1 当事者
(一) 新技術事業団は、新技術事業団法に基づき政府が全額出資した資本金により設立された特殊法人であり、その主たる業務は、新技術の開発を効率的に行うとともに、新技術の創製に資すると認められる基礎的研究を行い、かつ、これらの開発及び基礎的研究の成果を普及するほか、科学技術に関する試験研究に係る国際交流の促進を行うものであった。
なお、新技術事業団法三〇条には、以下の規定(以下「本件認可規定」という。)がある。
第一項 事業団は、企業等への委託により新技術の開発を実施しようとするときは、開発を実施しようとする新技術及び開発を委託しようとする企業等の選定並びに当該開発の規模の決定について、内閣総理大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。
第二項 事業団は、新技術の開発の成果を企業に実施させようとするときは、当該成果を実施させる企業の選定について、内閣総理大臣の認可を受けなければならない。これを変更しようとするときも、同様とする。
(二) 平成八年一〇月一日施行の科学技術振興事業団法に基づき、同日控訴人が設立され、新技術事業団は控訴人に統合され、同事業団が統合前に有していた権利義務のすべては控訴人に承継された。(右事実は、弁論の全趣旨により認められる。)
(三) 被控訴人は、各種鍛圧機械の製作、修理及び販売等を主たる業務とする会社である。
2 平成元年一一月一日、新技術事業団は、被控訴人との間で、以下の内容を含む「型鋼高速切断装置」に関する新技術開発契約(以下「本件開発委託契約」という。)を締結し、これに基づき、同事業団は、被控訴人に対し、同月三〇日から平成三年二月一三日までの間六回にわたり開発費として合計一億二〇〇〇万円を被控訴人に貸し付けた(以下「本件貸付」という。)。
(一) 開発費の貸付限度額は原則として一億二〇〇〇万円とする。
(二) 被控訴人の責に帰すべき理由により本開発の実施が不可能となった場合、被控訴人は受領した開発費を新技術事業団に返済するとともに、同事業団において生じた損害を賠償する。
(三) 被控訴人が契約に違反した場合、新技術事業団は契約を解約し、被控訴人は受領した開発費を同事業団に返済し、かつ、同事業団において生じた損害を賠償する。
3 被控訴人は、平成三年二月二二日に二回目の手形不渡処分を受け、事実上倒産した。
4 平成三年六月一三日、新技術事業団、被控訴人及びアサノマシン株式会社(以下「アサノマシン」という。)は、本件開発委託契約について、以下の内容の契約(以下「本件三者契約」という。)を締結した。
(一) アサノマシンは、本件開発委託契約に基づく被控訴人の権利義務及び同契約に掲げる特許等の被控訴人の持分を承継するものとし、新技術事業団及び被控訴人はこれに同意する。
(二) 被控訴人は、本件開発委託契約等に基づく取得物件並びに本開発に係る設計書、図面等をアサノマシンに引き渡すものとする。
(三) 本件開発委託契約七条(帳簿書類の整備)、八条(帳簿書類の検査等)、二六条(秘密保持)については、被控訴人に対してもなお、その効力を存続するものとする。
5 新技術事業団は、平成五年一一月六日、被控訴人に対し、本件開発委託契約に基づく開発の実施が不可能に至ったこと及び本件開発委託契約を解除すること(以下「本件解除」という。)を通告した。
二 争点及びこれについての双方の主張
1 本件三者契約は直ちに効力を生じるものであるか、仮の契約にすぎないものであるか。
(一) 被訴訟人の主張
本件三者契約により、本件開発委託契約による被控訴人の権利義務はアサノマシンが承継したものであり、被控訴人は本件開発委託契約による新技術事業団との契約関係から脱したものであるから、同事業団による本件解除及び控訴人の被控訴人に対する本件貸付金の返還請求は失当である。
なお、控訴人は、本件三者契約は仮の契約にすぎないと主張するが、本件三者契約が仮のものであったかどうか、その契約書の文言によって決定されるべきものであるところ、乙第一号証の書面においては、被控訴人の権利義務がアサノマシンに承継されたことが明文化されているのであるから、控訴人の主張は理由がない。
(二) 控訴人の主張
本件三者契約は、仮の契約にすぎず、これにより、被控訴人が本件開発委託契約上の義務を免れるものではない。
すなわち、被控訴人が倒産したため、新技術事業団は、可能な限り、本件開発を実施する企業を変更してその継続を図ろうとした。
ところで、開発実施企業の変更については、新規に開発を委託する場合と同様の審査を受ける必要があるため、同事業団は、変更企業を含む当事者間で詳細な打ち合わせをし、その合意を経た上、まず、変更企業から「新技術の開発受託申込書」及び「開発実施計画書」の提出を受け、同事業団において「新技術開発委託許可申請書」等を作成して企業変更に係る認可申請を行い、この認可を受けた後に、同事業団と変更企業との間で実質的な承継契約を締結し、その契約に係る新技術開発委託契約書を締結することとなる。
本件において、被控訴人の関連会社であるというアサノマシンが本件開発委託契約を承継することに積極的な姿勢を見せたので、同事業団、被控訴人及びアサノマシンで協議した結果、後日アサノマシンが右のような必要な手続をすすめ、認可を受けて、同事業団との間で本件開発に係る変更契約を締結する意思を有することを三者間において確認するために本件三者契約を締結したものである。
したがって、本件三者契約は仮の契約にすぎず、それだけで、被控訴人に対し、本件開発委託契約に基づく権利を放棄し、又は義務を免除される法的効果を発生させるものではない。そして、アサノマシンは、結局平成五年九月二〇日に至り、同事業団に対し本件開発委託契約の承継を断念する旨を通知してきたものであるから、右にような法的効果が発生しないことが確定したものである。
2 本件三者契約は、内閣総理大臣の認可を成立要件とするものであるか否か。
(一) 控訴人の主張
新技術事業団が締結する開発委託契約の承継契約は、新規の開発委託契約と同様に新技術事業団法に基づき行なわれるものであるから、本件認可規定により、内閣総理大臣の認可を契約成立要件とするものであるところ、アサノマシンは、本件開発委託契約の承継契約成立の要件である右許可を得るための手続を行なわないまま、前記1(二)のとおり、同事業団に対し、承継を断念する旨を通知した。
したがって、右認可が得られない以上、本件三者契約は無効である。
(二) 被控訴人の主張
本件認可規定において総理大臣の認可の対象とされているのは、委託企業等の選定並びに開発規模の決定、あるいはこれらの変更であって、新技術事業団と選定企業体との契約そのもの、あるいは変更企業体との変更契約そのものは認可の対象となっていない。同事業団は、公権力の行使としての行政行為をするものでなく、特別法によってその設立を認められた特殊事業体であるから、右認可は、公権力の行使を伴う諸認可とは違っており、第三者たる企業体との契約は私的自治の原則が適用されるものである。
したがって、認可の欠缺は、本件三者契約の無効をもたらすものではない。
3 本件三者契約において、内閣総理大臣の認可を受けることを条件とする旨の合意がされたか否か。
(一) 控訴人の主張
本件三者契約締結の際、新技術事業団、被控訴人及びアサノマシンの三者間において、内閣総理大臣の認可を受けることを条件とする旨の合意がされた。
しかるに、右認可が受けられなかったことは前記のとおりであるから、本件三者契約は無効である。
なお、仮に、被控訴人代表者寺井國男が右合意をしていないとしても、寺井建夫が被控訴人を代表して右合意をしたものであり、同人は被控訴人の監査役にすぎないとしても、継続して被控訴人の常務取締役として業務に従事してきたものであること、被控訴人は同事業団に提出した各書類において、寺井建夫を本件開発実施場所である九州工場の工場長・責任者であり、常務取締役であり、さらに、本件開発の総括責任者であると明記していることなどから、表見法理の趣旨に則り、被控訴人において、右合意の不成立の主張は許されないというべきである。
(二) 被控訴人の主張
本件三者契約において、認可を条件とする合意をした事実はない。現に、乙第一号証においては、認可については一切触れられていない。
また、控訴人は、右合意は、寺井建夫が被控訴人を代表してしたものであり、表見法理の趣旨から、被控訴人はその不成立を主張できないと主張するが、寺井建夫は、被控訴人の九州工場の責任者にすぎず、本件三者契約についても単なる窓口担当者にすぎないものであって、本件三者契約のように被控訴人の命運を決する契約を締結する権限はない。控訴人も、寺井建夫にはその権限がないと認識していたからこそ、本件三者契約を被控訴人の正当な代表権限を有する寺井國男との間で締結したものであると考えられるし、そうでないとしても、控訴人には、寺井建夫にその権限がないことを知らなかったことにつき過失があるというべきであるから、表見法理を適用するべきではない。
4 被控訴人に、本件三者契約に基づく義務の不履行があったか。
(一) 控訴人の主張
本件三者契約は、その二条において、被控訴人がアサノマシンに対して、本件開発委託契約に基づく取得物件並びに本開発に係る設計書、図面等を引き渡すことを義務づけているが、被控訴人はいまだ右義務を履行していない。
よって、新技術事業団は、平成八年二月二二日付け準備書面をもって、被控訴人に対して右債務の履行を求めるとともに、これが速やかに履行されないときは、本件三者契約を解除する旨の意思表示をし、右意思表示はそのころ被控訴人に到達した。
(二) 被控訴人の主張
被控訴人には、本件三者契約二条に定める義務の違反はない。本件開発委託契約に基づく取得物件並びに本開発に係る設計書、図面等は、被控訴人の九州工場に存したところ、右九州工場は事実上アサノマシンに移転され、右取得物件等もアサノマシンに引き継がれたものである。
5 被控訴人は、本件貸付金の返還を合意したか。
(一) 控訴人の主張
控訴人は被控訴人に対し、本件開発の中止及び本件貸付金の返還を申し入れ、平成五年一一月六日及び同年一二月一一日の話し合いにおいて、被控訴人は右返済を約定した。
(二) 被控訴人の主張
本件貸付金の返還を合意した事実はない。控訴人が右合意の証拠として提出する乙第四証の二にも、被控訴人の押印はない。
第三 証拠関係
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 本件三者契約の締結に至る経緯及びその後の経緯について、前記争いのない事実等に、甲第四号証、第七号証の一、二、第八ないし第一二号証、第二〇号証、第二一号証の一、二、第二二、二三号証、第二五号証、第二八号証の一ないし三、第二九ないし第三七号証、第四一号証、第四三号証の一ないし三、第四四号証、第四九号証、乙第一号証、第二号証(後記採用しない部分を除く。)、第五号証の一、二、第七号証(後記採用しない部分除く。)、第九号証、当審証人清水眞金の証言、当審における被控訴人代表者の尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。
1 平成元年一一月一日、新技術事業団と被控訴人とは本件開発委託契約を締結したが、その際、本件開発委託契約の受託を希望する旨の申出は被控訴人の代表者である寺井國男自身がしたもので、契約締結には内閣総理大臣の認可に替わる科学技術庁長官の認可が必要であり、この認可を得るため、被控訴人から開発受託申込書や開発実施計画書を提出しなければならないことなどの説明も、寺井國男自身が受けた。なお、被控訴人の開発実施計画書においては、本件開発は被控訴人の九州工場(工場責任者は寺井建夫)において実施することとされていた。
同事業団は、本件開発委託契約に基づき、被控訴人に対し、同月三〇日から平成三年二月一三日までの間に六回にわたり総額一億二〇〇〇万円の開発費を送金した。他方、右の間、四半期毎に、同事業団は、被控訴人から、開発実施状況についての報告書の提出を受けていたほか、平成三年二月一日には、被控訴人の寺井俊章専務(本件開発の開発管理責任者)から、「型鋼高速切断装置HC―四〇〇型」の試作機についてはほぼ完成をみたので、その他の開発について期間延長をしてほしいとの要請を受けるなどしていた。
2 ところが、平成三年二月二二日被控訴人は事実上倒産し、新技術事業団は、同月二六日付け新聞記事によりこの事実を知ったため、早速、同事業団の管理部業務課長である野間口行正(以下「野間口」という。)が調査に当たったところ、被控訴人の大阪本社は閉鎖され、代表者である寺井國男とも連絡がつかなかった。
そこで、同月二七日、野間口及び同事業団管理部長清水眞金(以下「清水」という。)が、被控訴人の九州工場に赴き、工場長の寺井建夫と面談したところ、同人からは、被控訴人の倒産は大阪本社の行ったゴルフ場の開発に支障を来したことが原因であるが、九州工場を中心とする金属加工部門の業績は順調であるから、九州工場関係の一般債権者と協議しつつ、新会社を設立して金属加工部門に関する業務を続行し、本件開発も引き続き行ない、これを再建の柱の一つとしたいので、本件開発委託契約を継続してほしいとの説明及び要望があり、同事業団も検討することを約した。
なお、同事業団は、同年三月一一日付けで、被控訴人に対し一億二〇〇〇万円の本件貸付金及び開発実施が不可能になったことによる損害金の弁済を求める催告書(ただし、催告書の宛名は、被控訴人の九州工場の「常務取締役寺井建夫」)を送付して、その債権の保全措置等を取り、同月二六日に開催された債権者集会にも出席したところ、寺井建夫から前項と同様の説明があった。
3 一方、同年四月一日には、被控訴人の代表者寺井國男が新技術事業団を訪れ、本件開発委託契約の継続を要望した。
さらに、同事業団には、同月一五日付けで、被控訴人(代表者名は寺井國男ではなく寺井國雄)名義の、本件開発について、HC―四〇〇型は所期の目的を達成し、引き続きHC―六〇〇型、HC―九〇〇型の開発を進める中、事実上倒産し操業を停止しているが、会社を再建すべく鋭意準備中であり、再建のあかつきには引き続き本件開発を再開し、これを再建の柱としたいので、本件開発期間の延長をお願いしたい旨の要望が記載された書面が送付された。
そこで、同事業団は、ひとまず、本件開発委託契約の期間を延長することとし、同月三〇日付けでその旨を被控訴人に通知した。
4 同月二五日ころ、寺井建夫から、新技術事業団に対し、日商株式会社の融資を受けてアサノマシンが設立され、被控訴人の金属加工部門を事実上引き継ぐという報告があった(アサノマシンは同年四月一五日に設立されている。)。
そこで、同年五月一六日、同事業団の清水及び野間口が、アサノマシンに赴き、代表者である寒竹純次、寺井建夫並びに九州工場の土地建物の譲受人(買戻し特約付き)である有限会社鉄産及び日商株式会社の経営者である春山則康と面談したところ、右三名から、いずれもアサノマシンで本件開発を継続したいとの意向が表明された。同事業団においても、本件開発については継続を図ることが望ましいと考えていたため、できる限り右申出に応じる意向であった。
ところで、開発委託契約において開発実施企業を変更するには新規の開発委託契約締結の場合と同様の手続、すなわち、変更企業から開発受託申込書及び開発実施計画書の提出を受けて、同事業団が科学技術庁に対し企業変更に係る認可申請を行い、本件認可規定に基づく内閣総理大臣の認可に替わる科学技術庁長官の認可を受けるなどの手続が必要であったことから、清水及び野間口は、「参考(開発実施のスケジュール)」(甲第八号証)を提出して、本件開発につき企業変更を行なうために必要な手続及びその予定、すなわち、同年六月頃までに、アサノマシンから申込書の提出を受け、同年七月頃までに同事業団が科学技術庁に申請書を提出し、同年一〇月頃までには科学技術庁長官の認可を受けて、新契約を締結することが可能となる旨を説明した。
5 そして、新技術事業団では、とりあえず同事業団、被控訴人及びアサノマシンの三者で本件開発の承継に関するその時点における合意内容を確認するための文書を交換した上、右「開発実施のスケジュール」にしたがって手続を進め、最終的に正式な本件開発委託契約についての企業変更契約をすることとし、被控訴人ついては、寺井建夫に対し、代表者である寺井國男に連絡をとり、その内容について確認を取るよう依頼した。
そこで、同事業団において契約書原案を作成し、これをアサノマシン及び被控訴人に送付し、各代表者の押印を得た結果、同年六月一三日本件三者契約が締結された。
6 ところが、新技術事業団に対し、アサノマシンからなかなか認可申請に必要な書類の提出がなく、催告しても待ってほしいというばかりであった。
同事業団は、とりあえず、同年一〇月二九日、本件開発委託契約につき開発期間をさらに一年間延長することを決定し、その旨を被控訴人に通知した。
平成四年七月一四日頃には、春山から、同事業団に対し、アサノマシンの経営陣が交代し、企業の経営方針を見直しているので本件開発の実施についても再検討させてほしいとの話があった。
同月二八日、同事業団の清水、野間口らは、被控訴人の寺井國男と面談したが、その際、寺井國男は、アサノマシンが認可を受けることに積極的でないならば、新日鉄系の会社の協力を得て、被控訴人の関連会社である株式会社CBM(平成三年五月に設立されている。)に承継させたいとの意向を示した。
同事業団は、同年一〇月二七日、本件開発委託契約につき開発期間をさらに延長することとし、その旨を被控訴人に通知した。
平成五年三月に至り、アサノマシンから、本件開発を実施する余裕がないので、断念したいとの意向が示された上、同年九月二〇日付けの書面で、「開発の実施が困難である。」旨の通知がされた。
そこで、同事業団は、アサノマシンに対し、同年一一月二日付けの書面で、本件開発につき企業変更手続を行なうことが不可能となったため、本件三者契約はその履行の前提を失い、同契約はその効力を発生しないまま消滅したものと解される旨を通知した。
7 他方、同年一一月六日、新技術事業団の野間口は、寺井國男と面談したところ、同人からは、アサノマシンと争いとなり裁判にまで発展しているため経営が好転しないとの説明があり、引き続き、同事業団から、アサノマシンに対し本件三者契約が消滅した旨を通知したこと及びこれに至る経緯を伝えるとともに、「「型鋼高速切断装置」の開発中止について」と題する書面(甲第九号証)を交付した上、被控訴人との本件開発委託契約も中止せざるをえないと通告し、一億二〇〇〇万円を返還するよう要求した。
二 以上の事実に基づいて、本件三者契約の趣旨につき検討するに、本件三者契約の文言上は、被控訴人の本件開発契約上の権利義務をアサノマシンに承継させる効力が直ちに生じる趣旨とも解せられる記載となっているものの、その締結に至る経緯や締結後の経緯等の事情(特に、新技術事業団及びアサノマシンは、本件三者契約締結後も、本件開発委託契約上の当事者はアサノマシンではなく被控訴人であるとして対処している上、後記のとおり、被控訴人の代表者寺井國男もこれを前提とする行動をとっていること)をも併せ考えると、むしろ、本件三者契約は、同事業団とアサノマシン、被控訴人との三者において、本件開発委託契約につき被控訴人からアサノマシンに受託企業を変更し、アサノマシンが右契約上の地位を引き継ぐこととしたが、その旨の契約を締結するためには、これについての内閣総理大臣(科学技術庁長官)の認可を受けるなどの必要な手続を取らなければならず、直ちに正式契約を締結することができないことから、とりあえず、三者間において、右のような変更契約を締結する意思を有することを確認する趣旨で締結したものであって、仮の契約にすぎないと解するのが相当である。そして、前記のとおり、その後アサノマシンが本件開発委託契約を承継することを断念し、正式契約締結に至らなかったものである以上、被控訴人は本件開発委託契約に基づく義務を免れることはできないといわざるをえない。
これに対し、被控訴人は、本件三者契約の内容は、その契約書の文言によって決定されるべきものであるところ、乙第一号証の書面においては、被控訴人の権利義務がアサノマシンに承継されたことが明文化されているのであるから、本件三者契約が仮の契約にすぎないということはできない旨を主張するが、契約の内容がいかなるものであるかについては、その文言のみで決せられるものではなく、その締結された経緯、目的、当事者の意思等の諸事情を総合して判断せざるをえないものであるから、被控訴人の右主張は失当である。
また、被控訴人代表者寺井國男の当審における供述及びその作成の陳述書(乙第二号証、第七号証)には、本件三者契約締結の際、認可等の手続が必要であるとの説明は受けておらず、本件三者契約により本件開発委託契約上の被控訴人の権利義務は直ちにアサノマシンに承継されるものと考えて、その契約書に押印したものである旨の、被控訴人の主張に沿う供述等がある。
しかしながら、他方、寺井國男自身が、被控訴人倒産後において本件三者契約前から、寺井建夫と連絡を取っていたこと(したがって、前記一3の代表者名を寺井國雄と誤った被控訴人名義の書面も、寺井建夫やアサノマシン側が作成したものであるが、寺井國男の意思に反するものではないことが窺われる。)、本件三者契約の契約書に押印するに際し、アサノマシンにその内容を確認し、あるいは同事業団の野間口に電話で説明を受けたことなどを認めているところ、前記のとおり、本件三者契約締結後も、同事業団から本件開発委託契約の開発期間の延長についての通知を二回にわたり受領しているのに、これに対し何らの異議等を述べた形跡がないこと、また、本件三者契約締結後に、寺井國男から、アサノマシンが積極的でないなら、株式会社CBMに本件開発委託契約を承継させたいとの意向を示したことがあることなど、寺井國男も、被控訴人が本件開発委託契約から離脱していないことを前提とする行動をとっていることが認められること、また、寺井國男は自ら本件開発委託契約締結の準備に関与し、その手続の概要を知っていることを併せ考えると、寺井國男は、寺井建夫や野間口等から説明を受けて、本件三者契約がその後の正式契約のための仮の契約であることを認識しながら、本件三者契約の契約書に押印したものと推認せざるをえない。したがって、寺井國男の前期被控訴人の主張に沿う旨の供述等は採用できないといわざるをえない。
そして、他に、以上の認定を左右するに足りる証拠はない。
三 そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、本件貸付金一億二〇〇〇万円及びこれに対する本件解除の翌日である平成五年一一月七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきであるから、控訴人の本訴請求は理由がある。
よって、これと異なる原判決を取り消し、控訴人の本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官矢崎秀一 裁判官筏津順子 裁判官彦坂孝孔は、差し支えにつき、署名捺印することができない。裁判長裁判官矢崎秀一)